成熟社会をリードするコミュニケーション戦略の重要性

社会情報大学院大学 学長 上野征洋

広報・コミュニケーションが注目される背景には、誰もが情報の受け手であり、発信者となった現代の情報社会・デジタル社会の到来がある。なぜ広報視点が求められるのか。社会の変遷をたどりながらひも解く。


グローバルな変化の時代に



私たちはいま、大きな変化の時代の中にある。それはグローバルな潮流から日々の営みまで、地域と立場を問わず刻々と進展しつつある。

どんな変化が起きているのだろうか。まず20世紀後半に始まった情報社会、すなわち巨大なネットワーク社会の出現によって、生活の隅々まで情報なしでは生きていけない世界が出現したことである。この20年ほどの間にあらゆる情報・言説はデジット(digit)という量子信号に解体され、瞬時に組み立てられて流通するようになった。

眼前の形はパソコンであり、スマートフォンであり、はたまた銀行のATMや電子マネーのカードであったりする。それぞれの装置やツールが情報の塊である。人々の行動は即座にデータとして取り込まれ、集積されたビッグデータは地球の裏側に住む人々の行動まで把握できるようになった。「高度な情報社会の到来」であり、デジタル時代の現実化である。

2つ目は、「地球環境の荒廃」である。1992年、リオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議の席では、地球温暖化、CO2 削減をめぐって先進工業国と発展途上国が鋭く対立して、「持続可能な開発」という言葉が生まれた。生みの親は当時のノルウェーの女性首相ブルントラントである。四半世紀が経った今、国家であれ都市であれ、企業、非営利団体を問わずこの言葉が行動原則として語られるようになった。こうして「地球環境」の時代があらゆる行動の指導原理とされるようになった。

3つ目は、成熟社会の到来と格差の拡大である。1960~80年代に見られた地球規模での経済成長は過剰なエネルギー消費、大量の廃棄物、そして生活環境に汚染を撒き散らした。先進国、途上国を問わず、食料とエネルギーの過剰が起こる半面、アフリカや中南米の一部では飢餓や貧困の中で子どもたちが虐げられる社会が出現した。「豊かさの中の貧困」という奇妙な不公平は日本でも、欧米でも日常化し「格差」が公然と政治課題となる時代になってしまった。

4つ目は、「価値観の相克」である。エネルギーや鉱物資源を奪いあう先進国とそれを供給する途上国。政治学者のS. ハンティントンが予想した宗教や価値観の違いによる文明の衝突が現実化してきた。2001年にニューヨークで起きた9・11同時多発テロ、その後のタリバン掃討とアラブの春、その後はイスラム国(IS)によるテロやシリア難民の問題といった、地球規模で衝突する価値観。その激動に跳ね飛ばされた人々は難民となって欧州を放浪する。新たな「ディアスポラ(放浪者)の時代」が現実化している。

高度な情報社会の到来、地球環境の危機、豊かさの中の貧困と格差、そして価値観の相克がもたらす混乱。いずれも我々が直面している課題であり、人々の未来に立ちはだかる壁である。

この四半世紀の間、企業も行政も団体もなすすべもなく時代の波に翻弄されていたわけではない。デジタルネットワークを活用したスマートシティやインダストリー4.0、CPS(Cyber Physical System)など、情報を生産や流通に連結させて経済活動の高速化・高度化が進んだ。また企業や自治体は社会貢献活動をCSRからISO26000シリーズへと進化させて環境対応と企業責任を軸にしたサステナブル(持続可能)な経営へと舵を切った。

特に日本では2011年の東日本大震災以降、再生エネルギーや自然災害への対応を進化させ、多くの国々がそれに呼応するようになってきた。

このように社会が大きな変化に直面したときこそ、確かな道しるべとして「情報交流」による「相互理解」が求められる。事実に基づく正確な情報、それを理解し伝達し活用するノウハウ、それらはすべて「相互理解」のためであり、人と人、人と組織、組織と組織の間に信頼とより良い関係性を生む原動力となるのが広報・コミュニケーション活動である。

多くの場合、情報の発信者は企業や行政であり、メディアが媒介する受け手は消費者であり住民とされてきた。これらの人々はステークホルダーであり、利害関係者である。広報・コミュニケーションとは「送り手と受け手による価値の交換行為」であり、そのキャッチボールから信頼に基づく新しい価値が生成されること、それが成果であり、広報の到達点である。

情報欲求から生まれた広報



「広報」の源流をたどっていくと、紀元前のエジプトやメソポタミアの世界に行きつく。王権の確立した古代王朝では、パピルスや粘土板を用いてその支配する領土の族長たちに布告、すなわち「おふれ」を出したという。

同じ頃、中国に広報の極意を説く賢人がいた。孔子である。「民は由らしむべし、知らしむべからず」(論語)は、現代でもよく引用される。「(律法によって)民を従わせることはできるが、なぜ従うのかその理由をわからせることはむずかしい」(貝塚茂樹注釈)というのが本意で、統治の極意として、人々へしっかりと説明することの大切さを示唆している。時折、この箴言を「法令の理由など民に教える必要はない」と解釈する例を見受けるが、それは誤りである。古代から支配者には説明責任が求められるのである。

中世以降、洋の東西を問わず広報の形がはっきりしてくる。15世紀からのグーテンベルク印刷術の普及、言うまでもなくルター、カルヴァンなどの宗教改革はグーテンベルクの聖書印刷に負うところが大きい。英国やドイツでは王侯貴族のみならず、一般庶民にまで情報が流通するようになった。17世紀、英国のロンドンでは定期刊行物として新聞が読まれ、タウンクライアー(Town-crier)と呼ばれる役人が、文字の読めない庶民の前で布告やニュースを読み上げることが日常化した。そのころ中国では隋、唐、宋の時代に整備された駅伝制(駅站、郵便制度の原型)を用いて、戦況や布告は1日で500キロの距離を駆け抜けたという。

人々による近代的な情報流通の認知は18世紀以降である。それを可能にしたのは市民社会の出現だ。それまでの王権による情報の流布は上から下への一方通行で、それは「支配」の構造を象徴している。

印刷媒体の普及は語句や思想を大量生産する道を開拓し、社会の変革に大きな役割を果たした。トマス・ペインの「コモンセンス」は独立派の広報媒体としてアメリカ独立戦争の引き金になった。独立宣言の起草者の一人でのちの大統領トマス・ジェファーソンは、「人々の言説(public opinion)にもとづく民主政治」を謳い、この考え方は、後年の広報(public relations)の源流となっていった。

情報の流通が飛躍的に高度化したのは、19世紀後半に起こった技術革新と産業革命に負うところが大きい。マルコーニが無線電信を、フェッセンデンがラジオ放送を、そしてベアードがテレビ放送を成功させたのは1890年~1920年代のわずかな期間である。この時期は、アメリカで「パブリックリレーションズ」という言葉が社会的認知を獲得した期間とピタリと重ねる。アメリカ鉄道協会がその事業の公共性ゆえにパブリックリレーションズという用語を用いたのが1897年。その7年後、1904年にはパーカーとリーが初のPR会社をニューヨークに設立。そしてPRの父とも呼ばれるエドワード・バーネイズが「public relations council」について著述したのがまさにこの時期であった。広報が社会的役割を掲げて船出した黎明の時である。


広報の変容からデジタル社会へ



こうして20世紀初頭に社会的な認知を得た広報(public relations)であるが、その後は戦争と技術革新に寄り添いながら発展を遂げていく。広報の隣接領域である宣伝(propaganda)は第一次世界大戦、第二次世界大戦を経るに従って、手法もメッセージ内容も高度化し、とくにヒトラーが率いるナチスではゲッペルス宣伝相をトップに、多様なメディアによって巧妙な展開が行われた。同様に広告(advertising)は、20世紀初頭から姿を現した大衆社会の成立が生んだ大量生産、大量消費とともに急速に発展し、新聞、雑誌という印刷媒体からラジオ、テレビなど電波メディアの浸透とともに生活の中に深く、強く広がっていった。

高度経済成長期と呼ばれる1960年代、日本人は高度な消費生活を享受するようになった。GDP世界2位の経済繁栄がそれを支える構図となり、軌を一にして広報と広告は長足の発展を遂げた。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌のいわゆる4大媒体は、広告媒体、広報媒体として人々の生活に大きな影響力を持つようになった。

しかし、経済の繁栄は長く続かなかった。1970年代に入るとオイルショックを契機に、企業の社会性が問われるようになり、日本経団連は企業の社会性の保全と調和、そして情報発信を強化するため「経済広報センター」を設立した。1980年代後半、のちにバブル経済と呼ばれた時代を迎え、これに浮かれた多くの企業が過剰な投資に走って莫大な債務を負うことになる。その後の日本経済は、「失われた20年」「デフレ経済」などと呼ばれ、都市銀行の半減や、M&Aの進行で、「企業の社会的責任」が再びクローズアップされることになった。その「責任」は製造物責任や廃棄物にとどまらず、環境問題、資源の保全、さらにはCSRの台頭によるトリプルボトムラインやグローバルコンパクトなど、企業広報の主題は社会との不協和音を調律し、新たなシンフォニーの時代へとそのトーンが変化した。

1990年代から2000年代にかけて広報活動で社会との共生に必須とされた要素をキーワードとして列挙すると、「法令遵守(コンプライアンス)」「説明責任(アカウンタビリティ)」「持続可能性(サステナビリティ)」などである。

情報通信もまた大きく進歩を遂げた。1995年頃から、我が国は「デジタル社会」へと変容し始めていた。

携帯電話は「ケータイ」「スマホ」と化し、コミュニケーションツールから情報機器として役割が進化、会話よりもEメールを使うことが日常化していった。同様にパソコンも情報端末としての役割や機能が認識され、企業や行政の仕事はデスクワークからキーボードワークへと変貌していった。これにともない企業や行政の情報提供活動も進化してゆく。メールマガジンやネットニュースなど多様なメディアに流れる大量の情報をどう利用すべきか、2005年からは広報媒体としてのブログの活用など試行錯誤が続けられ、やがてTwitterやFacebookなど、SNSと呼ばれるパーソナルなメディア空間に向けての情報アプローチが活発化した。社内情報システム(イントラネット)やネット空間へのリリース提供なども本格化した時期である。

コミュニケーション戦略で変革を



デジタル社会が出現したことで、広報・コミュニケーションは大きな変革の時代を迎えた。その変化を考察しておこう。

ここでは、「情報量とメディアの変化」「コミュニケーション領域の融合」「情報リスクの拡大」という3つの大きな潮流を挙げておく。

まずメディアの変化による流通情報量の急増がある。1995年からのインターネットによるネットワーク型社会の進展、2005年からのブロードバンド、さらにSNS時代へと向かうにつれ、人々は情報発信し、それをフィードバックしたり拡散したりと情報は幾何級数的に膨張し続けている。

「流通情報量の急増」を示す指標は多様なものがあるが、「情報通信白書」(総務省)を手がかりに「ニュースを知る場合に最も頻繁に利用するメディアの推移」をみると、2000年には1.7%にすぎなかったインターネットは2012年には29.6%と、テレビや新聞が減少した分を超えるインターネットの普及状況を知ることができる。

今や個人の情報受発信の主役に躍り出たのは「ケータイ(移動電話)」である。1995年当時、契約数がわずか300万台しかなかったものの、2015年には1 兆5541万台と人口数をはるかに上回る。ネットニュースを見て、面白い情報はTwitterでリツイートし、チャットやメールをチェックして、Facebookに投稿して仲間とシェアする……こうした情報の利用形態はすでに普段の生活に浸透している。

このような情報生活を営む人々に新しい商品情報や企業メッセージを届け、人々の声に耳を傾けるのが広報・コミュニケーション担当者の仕事である。情報洪水の中で生活者が求める情報とは何か。そこに「まとめサイト」やキューレーションメディアの存在理由がある。「生活者とメディアの変化を考察し、最適な設計をする」こと、それが、これからの広報担当者の課題であり、役割である。

2番目に「コミュニケーション領域の融合」を挙げておく。1990年代までの企業広報では、その隣接領域である広告・宣伝、マーケティング、IR、商品開発などとは役割分担と境界が明確で規模や業種にもよるが、それぞれの部門や担当者が情報の受発信を担う例が多かった。

また、行政広報においても主たる業務は広報誌による情報発信や首長を囲む広聴活動が主流で、いわゆる事業広報は所管部門に任されていた。

しかし、2000年代に入ると、企業も行政もホームページを主体とするインターネット広報やソーシャルメディアの利用などへ変化してきた。

メディアミックスの考え方は従前の四大媒体時代からあったが、21世紀に入ってからのメディアミックスは様相を異にする。多様なソーシャルメディアからキュレーションメディアまで、情報流通の構造設計が求 められる時代となった。

こうした情報流通の仕組みの変化によって広報部門と隣接領域との「垣根の低さ」が現実化している。この融合や連携は今後も続くであろう。

3番目に「情報リスクの拡大」がある。「流通情報量の急増」は、情報のスピードアップと表裏一体であり、広報はタイムリーさ、場合によっては瞬時の対応を求められる事態も起きている。特に不祥事や商品・サービスのトラブルなどで苦情や問い合わせが殺到すると、「炎上」すら起こりかねない。加えて社員の内部告発や情報流出によって発生する事件や事故も少なくない。

広報・コミュニケーションを取り巻く社会変化や課題を認識してもらうために近年の潮流から「人とメディアに対応する最適設計」「コミュニケーション領域の融合」「情報リスクの拡大」を考察した。このほかにも多くの変化や課題が見られるが、冒頭で触れたように、情報科学の進歩は我々の予想を超えて人工知能による市場分析、社会変化予測なども視野に入りつつある。

その変化のスピードは従来にも増して加速していく。その先には新しい時代の情報倫理や社会的役割の地平が見えてくる。広報・コミュニケーションは絶えず位相を変えながら企業や社会を変革していくだろう。