会社が苦しい時、いいことも悪いことも社員に伝えようと決めた

アサヒグループホールディングス 相談役 荻田 伍氏


逆境下にあった子会社「アサヒ飲料」で経営のバトンを引き継いだ荻田伍氏は、社員に会社の厳しい経営状況を伝える一方で、一人ひとりへ意識改革を迫った。社内に向けた丁寧なコミュニケーションが再建の足がかりになったという。


アサヒグループホールディングス 相談役
荻田 伍氏(おぎた・ひとし)
1942年福岡県生まれ。九州大学経済学部卒業後、1965年アサヒビール(現アサヒグループホールディングス)入社。茨城支店長、九州地区本部長などを経て、2003年アサヒ飲料社長として同社の再建をリードする。2006年アサヒビール社長。会長、アサヒグループホールディングス会長を経て現職。日本経団連副会長(2012年~16年)、日本広報学会会長(2013年~16年)を務めた。

[聞き手]
社会情報大学院大学 学長 上野 征洋(うえの・ゆきひろ)

日本広報学会副会長、静岡文化芸術大学名誉教授。2012年、事業構想大学院大学副学長を経て現職。内閣府、国土交通省、農林水産省などの委員を歴任。早稲田大学卒、東京大学新聞研究所(現・大学院情報学環・学際情報学府教育部)修了。

危機意識を社員と共有


荻田:営業マン時代の最も思い出深い出来事は、1987年の「アサヒスーパードライ」の発売です。本当に魅力のある商品はお客さまを動かす力がある。そのパワーのすごさを初めて経験しました。そして、2001年には夢にまで見た業界トップシェアを取ることができました。

上野:アサヒビールの専務執行役員からアサヒ飲料に移られたのは、その翌年の2002年でしたね。

荻田:正直なところ、「これで自分のサラリーマン人生は終わったな」と思ったものです。当時のアサヒ飲料は3期連続赤字で、債務超過に陥るのは時間の問題といわれていました。先輩方が業績を改善できなかったのに、私ができるとは到底思えませんでした。

ただ、会社をつぶしてはいけないという思いだけは持っていました。そこで考えたのは、アサヒ飲料の現状を、いいことも、悪いことも、すべて赤裸々に社員に伝えようということです。社員は会社の苦境を認識していないかもしれないし、アサヒビールの系列会社だから助けてもらえると思っているかもしれない。しかし、仮に倒産となれば、“どうにもならない社員” という評価をされてしまう。誰も助けてくれないのだということを、社員にしっかり認識してもらう必要がありました。

上野危機意識の共有が復活のバネになった。しかし、アサヒビールは助けてくれないのですか。

荻田:もし、助けるとしても、痛みを伴う救済になります。そもそも、他者に頼るのではなく、自分たちで何とかして生き残ろうと考えるべきです。商品のコストや利益構造など、あらゆることを経営陣の責任で進めることもその時に決めました。ここでもまさに広報が重要で、あるがままの情報を伝えるようにしました。アサヒ飲料時代は、経営者としてしなければいけないことは何かを学びました。

社内への発信に力を注ぐ


上野:アサヒ飲料で副社長、社長を歴任されたのち、2006年に社長としてアサヒビールに戻られました。

荻田:スーパードライは調子が良かったのですが、発泡酒や新ジャンルが若干低迷していた時代です。

上野:苦難を乗り切るには、商品開発などの取り組みも大事でしょうが、それを遂行する社内のやる気も大事だと思います。トップとして、マーケティングコミュニケーションと、インターナルコミュニケーションの両方で、非常に気を使われたのではないですか。

荻田:私は広報活動というのは、「社内向き」が大切だと考えてきました。もちろん、経営トップとしての考えをマスコミの取材を通じて社外に発信することも大切ですが、それは社会を通じて社内に発信しているともいえる。そんな思いを強く持っていました。

上野:過去のケーススタディを見ても、社内コミュニケーションがしっかりしている企業の方が市場で成功しています。とはいえ経営トップが自ら現場社員とコミュニケーションを取ることは容易ではないと思います。

荻田:自分ではそんな風に思っていなくても、社長はやはり雲の上の存在なんです。親しいと思っていた後輩からも何となく距離を置かれるようになります。どうすれば仲間だと思ってもらえるのか考えました。アサヒにはビールという素晴らしいコミュニケーションツールがあるので、「ビール飲みに行こう」とよく誘っていましたね。自分が考えていることを話したり、悩みを聞いたり……。トップには耳障りのいい話ばかり上がってくるものです。部下に本音を聞こうと思ったら、自分から近づいていかないと。

経営理念は“立ち戻る原点”


上野:アサヒビールは、経営理念に忠実な会社としても知られています。理念を末端にまで浸透させるには、ご苦労もあったのでは。

荻田:経営理念というのは、我々のあるべき姿であり、すべてのお客さまに対するアサヒグループの約束です。ただ朝礼の時にみんなで唱えるだけでは空念仏になってしまいます。

「言霊」という言葉がありますけど、みんなで唱える言葉に魂がこもっていなければいけない。そのためには、「最高の品質とは、単なる商品の品質ではない」とか、「お客さまの満足とは、商品をお買い上げいただいた消費者だけでなく、すべてのステークホルダーの満足である」といった、理念の本当の意味を、広報を通じていろんな機会にかみ砕いて伝えてきました。もっとも、心配なのはむしろ業績が良い時です

上野:「甘え」のようなものが出てくるということですか。

荻田:調子が良いと、人はつい傲慢になりがちです。そういう時こそ、決しておごってはいけないし、感謝の気持ちを忘れてはいけません。いろんなことがうまくいかない時も、うまくいっている時も、常に経営理念に立ち戻り、自分たちの立ち位置や存在価値を確認しながら、企業としてあるべき姿を追求し続けなければいけません。

上野:なるほど、経営理念は“立ち戻る原点”として機能しているのですね。対外的な広報については、どのようにお考えですか。

荻田:広報の役割はますます重要になっています。自分たちがどんな商品、サービス、技術を提供しているのか。それを提供した結果、世のため人のためになっているのか。社会的な課題に対して、どのように貢献しようとしているのか……。そうしたことを念頭に、企業活動をしていくことが重要です。そしてそれを、社内の人にも、社外の人にも理解してもらえるように、繰り返し情報発信する。それが広報活動の原点であり、最も重要なことだと思います。

工場・研究所など全国の事業場で社員と懇談。写真は神奈川県南足柄市の神奈川工場(2006年9月)。

広報からイノベーションを


上野:そのことを突き詰めていくことがイノベーションの源泉のような気がします。世の中の動きを見て「どうなんだろう」と考えれば考えるほど、自分たちが変わらなければいけなくなってくるわけです。広報とは、単なるコミュニケーションではなく、それによってイノベーションを起こしていく。その結果、会社が成長したり、存続したりする原動力になっていく、ということでしょうね。

荻田:世間の人々や社会に必要とされない企業は、間違いなく淘汰されますからね。淘汰されないためには、企業として何を提供しなければいけないか。そこを一所懸命考えないといけないと思います。常にイノベーションを起こしながら、新しい商品やサービスや技術を開発しなければ。じっとしていると、瞬く間に飽きられるでしょうし、受け入れられなくなるでしょう。特に今は、IoTとかAIとか、最先端の技術がすごいスピードで出てきていますから。

上野:広報も昔と今とではまったく違います。大量に、しかも高速で流れる情報をどうコントロールしていくかがまず重要です。

その延長線上に人材育成がありますが、どんな人材を育成すればいいのか。情報に対するアンテナの感度がいい人間なのか、情報分析に長けた人間なのか。荻田さんが冒頭からおっしゃっている、価値観や情報を共有することが大事なのか……。すべてを兼ね備える人材はなかなかいませんね。

人材育成の枠組みを見直す


荻田:企業経営は駅伝みたいなもので、経営者は、会社を少しでも現状よりいい状態にして次の人にタスキを渡さなければいけない。やはり企業を支えるのは“人”です。経営者は、後継者だけでなく、企業全体の人材を育成しなければいけないと思います。

ではどんな人材を育成すればいいのか。私は2つの見方があると思います。まず、スペシャリストは絶対に必要です。例えばITに関しては、相当リテラシーの高い人たちのグループが必要です。そしてもうひとつが、そういったスペシャリスト型の人材を、他の人々と一緒に束ねて組織化する、ゼネラリスト型の人材です。そう考えていくと、これまでのようにいろんな部署を経験させる人材育成のやり方でいいのか。これまでの人事の枠組みを変えていく時なのではないかという気がしています。

上野:確かに、スペシャリストがそれぞれバラバラの方向に突き進んでも、会社全体のパワーアップにはつながらない。そこで、それをうまく誘導するゼネラリストが必要になってくるわけですね。そう考えると、今は人材育成の端境期といえるかもしれません。

荻田:2025~35年には今存在する仕事の約半数が無くなるという話もありますからね。そういう時代になるとすれば、今までと同じ人事制度や雇用制度がいいかどうかという問題はあるでしょうね。

上野:社会環境が変化すると、スペシャリストやゼネラリストの意味も変わってきますね。

グローバル化についてはいかがですか。今や世界中にアサヒの旗が立っていますけど。

荻田:私はグローバル化の第一条件は、国内で存在価値のあるブランドを持った企業になることだと思っています。日本で生き残れない企業が、海外で勝てるかというと、それはありえないと思います。

グローバルで戦える体制が、やっと、今の経営陣によってつくられてきているので、これから積極的に外に出ていくでしょう。ただ、ビール業界というのは、世界中で寡占化の最たるものです。その中で競争に生き残らねばならないのですから、経営陣は大変です。でも、チャンスは貯金できません。投資も含めて、今稼いだお金をどう使っていくのか。それを考えることが重要です。海外戦略はリスクもありますが、大きなチャンスでもあります。リスクを恐れずに、積極的に進めていってほしいという思いもあります。


2016年10月に買収したイタリアのビール「ペローニ」(中央)など西欧事業の商品。中東欧のビール会社を買収するなどグローバル展開を進めている。