情報は常に公開するという覚悟が信頼の獲得につながる

ANAホールディングス 代表取締役会長 伊東信一郎氏


リーマン・ショックによる需要激減、LCCの台頭といった環境変化のもとで経営のかじ取りを任された伊東信一郎氏。丁寧なコミュニケーションで従業員や株主の理解を求めつつ、次の時代に向け攻めの姿勢を貫いた。


ANAホールディングス 代表取締役会長 
伊東信一郎(いとう・しんいちろう)氏
1950年宮崎県生まれ。九州大学経済学部卒業後、1974年全日本空輸入社。1999年社長室事業計画部長、2001年人事部長、2003年取締役執行役員、2009年代表取締役社長。2013年、持株会社ANAホールディングス設立に伴い社長就任。2015年から現職。

[聞き手]
社会情報大学院大学 学長 上野 征洋(うえの・ゆきひろ)

日本広報学会副会長、静岡文化芸術大学名誉教授。2012年、事業構想大学院大学副学長を経て現職。内閣府、国土交通省、農林水産省などの委員を歴任。早稲田大学卒、東京大学新聞研究所(現・大学院情報学環・学際情報学府教育部)修了。

信頼を得ずして生き残れない


上野:伊東会長は2009年4月に全日本空輸の社長に就任されました。リーマン・ショックの翌年という、逆風下でのトップ交代でしたね。

伊東:苦しい時期でした。旅客需要は激減し、2009年度は史上最悪の決算を記録しました。競合する日本航空は、経営破たんを経て公的資金が投入されました。我々も本当に厳しい状況でしたが、自分たちの足で立ち続けようと奮い立ちました。情報を開示して従業員と危機感を共有し、創業者の言葉である「現在窮乏、将来有望」を合い言葉に、何とか乗り切りました

上野:株主とのコミュニケーションでもご苦労があったのでは。

伊東:その通りです。公募増資を決めた際には、株主の皆様から「株式価値を希薄化するな」とお叱りを受けました。しかし、厳しい状況だからこそ、機材を刷新して競争力を強化し、海外展開にも力を入れていかねばなりません。それこそがANAの将来の成長につながると信じ、株主の皆様にもご理解いただくよう努めました。

上野:時を同じくしてLCC(格安航空会社)が台頭した時期でもありました。ANAグループも参入しましたね。

伊東:関西国際空港を拠点とするピーチ・アビエーションを立ち上げたほか、成田国際空港を拠点にエアアジア(本社・マレーシア)との合弁会社を設立しました。ともに2012年のことです。海外LCCの日本進出が想定される中、攻めの姿勢こそ最大の防御だと考えたのです。

当初は、海外で成功していたエアアジアは大丈夫だろうと見込む一方で、ゼロから立ち上げたピーチは厳しいかもしれないと考えていました。しかし結果は逆でした。海外の成功モデルを日本に持ち込むだけではうまくいかず、エアアジアとの提携は1年で解消しました。今は関空でピーチ、成田では100%出資のバニラ・エアがそれぞれ運航しています。

上野:フルサービスキャリアとLCCのバランスをとるのは難しそうですが、社内の声はいかがでしたか。

伊東:当初は社内でLCC導入を危惧する声が多く挙がりました。フルサービスキャリアの需要がLCCに取って代わるのではないか、ANAブランドの格が下がるのではないか、などと心配する声です。ところが、LCCはそれ以上に新たな需要を掘り起こしました。本当に「たいしたものだ」と思う成果です。ANAブランドに比べて、特に若い女性とシニアの比率が高くなっています

上野:空の便を気軽に利用できるようになったのでしょうね。

伊東:そうだと思います。アジアでは約60%をLCCが占めるのに比べ、日本は10%程度なので、まだ伸びるでしょう。既存国内線は人口減や新幹線の延伸など厳しい環境ではありますが、売上はほぼ横ばいで進んでいます。今後はそれをいかに維持して収益構造を保つか。加えて、LCCの収益がどれくらい寄与していくのかがポイントといえるでしょう。

自身の挑戦の歴史を次世代の経営者に語りかける(2016年10月)。

地域の魅力発信を支援


上野:エアラインの社会的役割は、時代とともに少しずつ変わってきているということでしょうか。

伊東:そうですね。最近は地域活性化への貢献が期待されるようになりました。外国人の訪日需要が拡大していますが、訪れる都市は大方決まっています。我々は、それ以外の地方路線にも魅力を感じてもらえるように、運賃体系を工夫し、地域の魅力をアピールする情報発信にも力を入れています。

上野:地方自治体などの期待も高まっているようですね。

伊東:地方の産物を機内食に取り入れたり、ラウンジで地酒を提供したりして、喜ばれています。また、47都道府県の名産や見どころを紹介する映像を機内で放映して、各地から好評を得ています。

上野:ビジネス半分、社会貢献半分といったところでしょうか。一方、国際線はいかがですか。まだ日本のエアラインが飛んでいない地域は多いとお聞きしています。

伊東:海外諸国では一般的に、国際線の半分は自国便が占めるのですが、日本の場合は、JALとANAを合わせて25%にとどまっています。今は技術の進化で飛行機が軽量化し燃費も向上しました。燃費の良い飛行機が登場し、国際線の拡大が可能になりました。ヨーロッパや中国内陸部、北米など、まだ拡大の余地があります。

接客サービスで世界と戦う


上野:機内はコミュニケーション空間でもありますよね。客室乗務員さんのちょっとした気遣いによって、乗客が信頼感や好意を持つようなこともあると思います。

伊東:「あんしん、あったか、あかるく元気!」が我々のサービスのモットーです。マニュアルに縛られすぎない、人間味のあるサービスが理想です。お叱りの声をいただくこともありますが、「この間ANAに乗ったけど、良かったよ」「心に響くサービスだったよ」などと言っていただくと、スタッフがANAらしいサービスを提供してくれているのだなと思って、誇らしい気持ちになります。

上野:そもそも日本の利用客は、サービスに求めるレベルが高いように思います。

伊東:海外では、飛行機は遅れるのが当たり前ともいわれますが、日本では秒単位で定時を守る新幹線と同じレベルが求められます。おっしゃる通り、サービスに求める水準は高いといえるでしょう。一方で厳しいお客さまに鍛えられているおかげで、世界で戦う時に、日本のサービスレベルの高さがプラスになると考えています。良いサービスを提供するためのヒントを日々いただいています。

とはいえ、一般的にご意見を承る職場というのは、従業員にとってもストレスがかかりがちです。モチベーションが下がらないようにするためには、ご意見を会社としてしっかりと受け止めることが重要です。当社ではお客さまからのご意見窓口をCS(顧客満足)の本丸として、社長直轄の「CS推進部」に置いています。年間約7万件のご意見がそこに集められ、サービスの向上に役立てています。

上野:全社できちっと対応していくというのは素晴らしいことです。

グローバルで戦うには、国際的な視野を持つ人材の育成も大切なことです。貴社では、若い社員は海外勤務を経験させるそうですね。

伊東総合職の社員にはほぼ海外を経験させています。グローバル化は必至で、どのような部署でも、仕事の半分は国際的な内容になっていて、相当高い水準が求められます。そうした中で、専門分野の知識をどう身につけさせるか。外部から採用することも含めて、人材の確保が必要です。

上野:将来を担うのは、若い人たちです。最近の若い人たちを見ていて、感じることはありますか。

伊東:私の世代と比べると、ずっと優秀ではないでしょうか。仕事に対してもスマートですが、スマートすぎると見えることもあります。もう少しガツガツと仕事に取り組むのもいいかもしれません。失敗してもいいんですよ。それが人を成長させるのだから。自分が歳をとったから、そう思うのかもしれませんけどね(笑)。

従業員の子どもたちに働くパパ・ママの姿を見てもらう「ANAキッズデー」で名刺交換(2016年7月)。

有事の際ほど「オープン」に


上野:伊東会長はANAの広報活動をどのように見ていますか。

伊東:当社の広報活動には、大きく分けて2つの側面があります。まず、日常の広報活動。これは、様々なステークホルダーとの信頼関係を築くための活動です。会社としての理念や指針をしっかりと持ち、その軸からブレない情報を出していくことが大切です。

もうひとつはリスクマネジメントです。有事の際ほど、常にオープンであることが求められます。何かを隠そうとして、それが明らかになれば、信用はいっぺんに失墜します。我々は、「常に情報を公開する」という覚悟があります。

上野リスクマネジメントはあらゆる企業にとって重視される時代になりました。かつてはプレスリリースや社内報を出すのが広報の仕事とされてきました。しかし今は、インターネットであらゆる企業情報が分かってしまいます。情報流通のスピードも速くなり、新聞や雑誌の記事が出る前に、ネットで炎上するようなことも起こり得ます。そういうことも含めたリスクが増えて、広報は難しくなってきていると思います。

伊東:2013年にボーイング787型機のバッテリーの不具合問題が起きた時には、約4カ月にわたって同機の使用を止めました。ボーイング社はその必要はないとの見解でした。実際のところ、止めなくても良かったのかもしれません。しかし、飛行機を安全に飛ばすからには、原因究明は必要だと判断しました。

もっとも、飛行機を止めることは大幅減収につながりますから、止める理由を、技術的な面も含めて説明しなければなりませんでした。ステークホルダーの方々にお詫びをする、メディアに対する詳しい説明の場を設ける、ウェブサイト上でご説明する、といったことです。完璧ではありませんでしたが、広報は頑張ってくれました。

上野:透明性を保つことで安全性を担保していくという姿勢は、とても大事なことです。隠していたことが後になって漏れたりすると、対応次第では致命傷になりかねません。堂々と飛行機を止めて点検をした方が、信頼を得ることができると思います。

ANAホールディングスは、2016年4月に、グループ広報部の「コーポレートコミュニケーション推進チーム」と、グループ総務・CSR部管下の「CSR推進チーム」を統合して、「コーポレートブランド・CSR推進部」を新設しました。CSRをコーポレートコミュニケーションの中にきちっと位置づけられたことは、素晴らしいと思います。

伊東:CSRをコーポレートコミュニケーションに位置づけるかどうか、かなり議論を重ねました。もちろん異論もありましたが、今のところうまく機能していると評価しています。