キリングループがCSV経営を掲げる理由とは

キリン 執行役員CSV本部コーポレートコミュニケーション部長 藤原哲也氏


グループ経営体制の再編や本社機能の統合を、広報の立場から支えてきた藤原哲也氏。CSVを経営の根幹に掲げるトップのもとで、経営と一体化した企業コミュニケーションのあり方を模索している。


キリン 執行役員CSV本部コーポレートコミュニケーション部長
藤原哲也(ふじわら・てつや)氏
1960年生まれ。一橋大学商学部卒業後、1983年キリンビール入社。広報部、人事部などを経て、2001年キリンビバレッジ広報部広報担当部長。キリンビール近畿圏流通部長などを経て、2010年同社広報部長。グループの組織改編により2013年1月から現職。2016年の「企業広報賞」(経済広報センター主催)で「企業広報功労・奨励賞」を受賞。

[聞き手]
社会情報大学院大学 学長 上野 征洋(うえの・ゆきひろ)

日本広報学会副会長、静岡文化芸術大学名誉教授。2012年、事業構想大学院大学副学長を経て現職。内閣府、国土交通省、農林水産省などの委員を歴任。早稲田大学卒、東京大学新聞研究所(現・大学院情報学環・学際情報学府教育部)修了。

拠点統合で一体感生まれる


上野:キリンビール、キリンビバレッジ、メルシャンを核とするキリングループは2013年、複数の拠点に分散していた各社の本社機能を東京の中野に集約しました。藤原さんは当時、新たに「中野スタイル」をつくるとおっしゃっていたのを覚えています。あれから4年、どう変わりましたか。

藤原:各事業会社の社長が同じフロアにいますので、情報交換や連絡が容易になりました。関係部署との距離が近くなり、スピードが求められるマスコミ対応などは格段にしやすくなったと思います。

上野:まさにコミュニケーションが円滑になったのですね。

藤原:そうです。社長に面会する時は、秘書に電話して都合を聞くのが一般的かと思いますが、社長室がガラス張りなので在席かすぐに分かります。ドアが開いていれば、「ちょっと2~3分いいですか」とうかがうこともできます。

上野:それは意思決定が早くなりますね。社員の皆さんはどうですか。

藤原:キリンビール、キリンビバレッジ、メルシャンの社員が同じビルで働いているので、互いに関心を持つようになりました。雑談から連携の話が出ることも少なくありません。

上野:一体感の醸成にも大きな効果があったということですね。

藤原:コーポレートコミュニケーション部はキリンホールディングス傘下の中間持株会社「キリン株式会社」に属し、キリンビールのほかキリンビバレッジとメルシャンの広報も担当します。各社の距離が近いことはメリットです。

2009年にサントリーとの統合交渉が進んでいると新聞に書かれたことがありました。夜中に記者から電話があって知ったのです。事実確認のため上司に連絡を取りましたが、持株会社が当時は離れた場所にあったため、なかなか返事が来ません。結果としてマスコミ対応が後手に回ってしまったという苦い経験をしました。

2013年1月のグループの組織改編時に、広報体制を検討するプロジェクトにリーダーとしてかかわりました。それには過去のこうした経験も活かされています。

CSV経営へ理解促す


上野:コミュニケーション機能とブランド構築の機能をCSV(Creating Shared Value=共有価値の創造)という形でくくりました。これは先駆的な試みですね。少なくとも当時の日本の社会では、CSVは認知されていなかったと思います。

藤原:当社グループでは、キリンホールディングス社長の磯崎(功典氏)が2013年にCSVを経営の中心に据えると表明したのが最初だと思います。

上野:CSR(企業の社会的責任)の進化形をCSVと捉えている会社もあれば、全く違うスタンスで考えているところもありますね。

藤原:キリングループのCSVは東日本大震災で被災した東北の復興支援から始まりましたが、今は、「健康」「地域社会への貢献」「環境」といった我々の事業に関連性の高い領域を決めて、キリングループCSVコミットメントを策定しました。直近の施策は「47都道府県の一番搾り」プロジェクトです。事業会社が全国の工場を拠点に、商品を通じて地域社会に貢献しようと始めました。今年はキリンビバレッジが「健康」を切り口にした商品を発売する予定です。

上野:東北支援では「絆づくり」を打ち出していました。CSRの一環としての社会貢献活動は、一般的にあまり事業色は出さないことが多いですが、キリンの場合は、事業戦略に含まれているのが特徴的ですね。

藤原:社会課題の解決と経済価値の創出が両立してこそ、持続した取り組みになると社長の磯崎が考えているからだと思います。

上野:なるほど。しかし、それを社内外の隅々にまで浸透させるのは大変ではないですか。

藤原:CSV推進部と一緒に、ステークホルダーごとにテーマを決めてコミュニケーションプランを練っています。最近は、ESG(環境、社会、ガバナンス)を重視する動きを受け、投資家にはCSVを前面に出しています。

お客さまには各工場の地域での取り組みを通して、「あれがCSVなのか」と、後で気づいてもらうのが理想です。社内向けには、CSV推進部がインターナルコミュニケーションを担っています。CSVは経営の根幹なので、社長取材を受ける時は必ずCSVの考え方を伝えるようにしています。

上野:メディアの反応は。

藤原:記者の関心は目の前の事実などに向いていることが多いですが、昨年あたりから、新聞の編集委員がコラムを書いてくれたり、論説委員が社説で触れてくれたりと、少しずつ取り上げられるようになってきました。投資家からは、ESGに関する質問が昨年あたりから増えてきました。

磯崎功典社長も出席するキリングループ決算会見で司会を務める藤原氏。

メディアを介して従業員に発信


上野:新聞にもESG投資といった言葉が出るようになりましたが、メディアの中にも、まだCSVとESGは同じ考え方だと思っている方が多いようです。例えばESGでは、環境や社会の側面は分かりやすいけれど、ガバナンスの部分におけるコミュニケーション部門の役割が重要になってきたと感じます。コンプライアンスや、情報公開の問題なども含まれますね。

藤原:投資家とメディアとでは関心の内容が若干異なると考えています。その場面ごとに、社長にどのように話してほしいか個別に打ち合わせしたり、ウェブサイトには、投資家やマスコミの関心事に合わせて様々な考え方を載せたりしています。相手にとって一番関心が高いテーマを、具体的な事例とともに、タイミング良くお伝えすることが大事だと考えています。

上野:ESGは経営哲学としては理解できます。でも投資家から見れば、結果はやっぱり数字です。広報部門は数字と哲学の間で揺れ動くことになりませんか。

藤原:投資家やアナリストの関心事は、会社が置かれている状況によって変わります。当社も業績が厳しい時は直近の決算内容に投資家の関心が集まりました。今はその状況を脱し、将来に向けてCSVをどう考えているかということにも関心が高まっています。

上野:CSVにせよESG経営にせよ、社内やグループ内でその考え方を共有することも重要です。

藤原:インナー向け広報は、ブランド戦略部が担当しています。我々はマスコミを通じた広報がメイン。場合によっては、社員向けメッセージをあえてマスコミ経由で出すこともあります。そういう時は、ブランド戦略部と調整しながら進めています。

上野:それは、例えばどのような時ですか。

藤原:新社長の就任時がその一例です。社員との対話集会を設定する前に、マスコミに新社長の人となりを取材してもらえないか働きかけたりします。社員が社長の考え方を事前に把握できるので、対話集会での会話も進みやすくなります。コミュニケーションシナリオはブランド戦略部と調整しながら、特にメッセージを届けたい関係部署を通して、どのような考え方を伝えてほしいのか、要望を聞きながらつくっています。

広報もIRも根本は同じ


上野:「ブランドを基軸とした経営」を掲げておられますが、企業価値を高めるためのステークホルダーとのコミュニケーションについてどのようにお考えですか。

藤原:事業会社と持株会社では、役割が若干異なります。事業会社は消費者が主なステークホルダーなので、ブランド価値を高めることが重要。一方、持株会社は、企業価値そのものを高めたい。もちろん、ブランド価値が上がれば、企業価値も上がっていきますけど。私は持株会社のIRと事業会社を束ねるキリンの広報を兼務しています。

キリンでは事業会社をサポートして、ブランドを基軸とした経営でブランド価値を向上させ、その結果「キリン」という企業価値を高めていく、という役割を担っています。これが持株会社になると、投資家に対して企業価値を上げていくということになります。

上野:常に事業価値から企業価値へのスライドを意識しているのでしょうね。

藤原:そうですね。発信する情報は基本的には同じで、広報とIRでシナリオを作成し、見せ方を変えるようにしています。

上野:根っこは変わらないと。

藤原:広報とIRが共通認識を持つことが大事です。今の体制になって、広報とIRが情報を共有して対応を考えられるようになりました。

上野:FacebookやTwitter、オウンドメディアなどの担当に若い人材を置いて、若い消費者向けのコミュニケーションを担う企業もあります。貴社はどうですか。

藤原:以前は、デジタルコミュニケーションも広報部門で担当していましたが、強化方針を受けて2年前にデジタルマーケティング部が発足しました。30代後半以上は、新聞やテレビを見ていますが、20代や30代前半は、ウェブ記事やSNSと連動させないとメッセージが届きません。もちろん新聞やテレビの力は大きいので、そこにどのメディアを組み合わせるか、年代別に考えて情報発信することが重要です。きめ細かさが求められる難しい時代です。

上野:そうした活動の成果はどのように振り返っていますか。

藤原:四半期ごとに開かれる各事業会社の経営戦略会議で、広報活動について説明する時間を30分とっています。そこで事業会社の社長以下役員と共通課題が認識され、次の経営戦略会議でどこまで課題が解決したか評価してもらっています。この取り組みを始めてから、マーケティング部や営業部などから、こんなことをやりたいから一緒にやろうと声がかかるようになり、いろんな新しい取り組みが生まれています。

部内の打ち合わせ風景。グループ拠点を中野に集約してから、トップと広報や、事業会社間などの連携が活性化しているという。