ベテラン広報が語る転機「過去の経験を整理し、成長の機会を得られた」

帝人 コーポレートコミュニケーション部長 宇佐美吉人


広報のミッションを「コーポレートブランド価値向上」と明確化したことで、判断の軸がより強固になったと語る宇佐美吉人氏。帝人広報の考え方から経営陣との連携、スキルの磨き方を聞いた。


帝人 コーポレートコミュニケーション部長
宇佐美吉人(うさみ・よしひと)氏
1986年帝人入社。労務管理を担当した後、1998年に広報部へ。広報課長、広報部長を経て2011年、広報・IR室長。組織再編を経て2013年より現職。大学やセミナーなどで数々の講演実績がある。2012年には経済広報センター主催の「企業広報賞」で「企業広報功労・奨励賞」を受賞。

[聞き手]
社会情報大学院大学 学長 上野 征洋(うえの・ゆきひろ)

日本広報学会副会長、静岡文化芸術大学名誉教授。2012年、事業構想大学院大学副学長を経て現職。内閣府、国土交通省、農林水産省などの委員を歴任。早稲田大学卒、東京大学新聞研究所(現・大学院情報学環・学際情報学府教育部)修了。

社員の意識や誇りを醸成


上野:帝人は経営トップや幹部が、ステークホルダーとのコミュニケーションに積極的に取り組んでいる企業だと思います。2006年には認知度向上の取り組みがPRアワードグランプリ(日本パブリックリレーションズ協会主催)で部門賞を受賞し、2012年には宇佐美さんが企業広報功労・奨励賞(経済広報センター主催)を受賞されるなど社外からも高く評価されています。

事業展開では、社会の抱える問題解決への貢献を掲げていますね。

宇佐美:今年2月に2017年度から3カ年の中期経営計画を発表しましたが、その中でそれを明示しています。たゆまぬ変革と挑戦を指す「ALWAYS EVOLVING」をスローガンに掲げ、マテリアル事業領域とヘルスケア事業領域を2本柱に成長していく計画です。10年後には、既存事業に加えて新しい事業を収益の柱に育てていく構想を描いています。

上野:グローバルも含めたグループ社員への理解や浸透をどう促進されていますか。

宇佐美:社長をはじめとする経営陣が国内外を回って周知を図っています。私たちの機能としては、普段からインターナルブランディングとして、社員への理念やビジョンの共有を図っていますが、特にこの短期・中期においては、社内外に中期経営計画を発信し浸透を図るのが重点課題となります。

社内に向けた取り組みとしては、様々な機会を捉えてブランド教育を行っているほか、グループ報をブランディングツールと位置づけ、日本語版は冊子で配布し、英語版はデジタル配信しています。国内外でグループ会社の成り立ちや社員の自社理解や帰属意識の程度に差異があるためコンテンツも変えており、日本語版はブランディングを意識してもらえるよう、経営メッセージやブランド関連情報のほか、ブランド価値向上に貢献する社員や組織などを積極的に紹介しています。

一方、M&Aなどで新たにグループに加わった会社や社員も多い海外に向けては、帝人がどんな企業なのかを知ってもらうことを意識しています。こうした取り組みを通じて、グループの一員としての意識や誇りを醸成することが我々の重要な役割です。

上野:新しい企業CMも昨年秋から始まっていますね。

宇佐美:2002年から2008年にかけて展開したテレビCM「だけじゃない。テイジン」のキャッチフレーズを8年ぶりに復活させました。今回は「DAKE JA NAI」と表記し、帝人グループは製品・サービスを提供するだけでなく、未来の社会に向けて価値を提供していくのだという企業姿勢を表現しています。CMには国内外の社員や役員にも登場してもらっており、多様性を認める企業文化を育むという意味も込めています。

ブランド価値向上が使命


上野:2018年に創業100周年を迎えますが、これに向けて取り組んでいることはありますか。

宇佐美:まだ検討中のところもありますが、私たちの部門ではすでに社史の制作を進めています。結局置いておくだけになる重厚なものではなく、実際に手に取り読んでもらえるものにするつもりです。また、内容もきれいな成功体験だけを綴るのではなく、失敗からも学び、将来につながるような社史にできればと考えています。

上野:それは興味深いですね。1926年に広報誌「帝人タイムス」を創刊するなど、貴社の広報活動には歴史がありますから。我々研究者としては、そうした広報や情報発信の資産の一部が見られるとうれしいですね。

4月から新たな中期計画を実行に移していくわけですが、それに向けて広報としてはどんな問題意識を持って臨まれますか。

宇佐美:中期経営計画の内容と狙い、進捗状況などを社内外に発信し、ステークホルダーの皆さんに期待感を持っていただくことが重要課題だと考えています。

当社は2003年にコーポレートブランドを確立すると宣言しました。これにより、広報・宣伝のミッションがコーポレートブランド価値の向上であることが明確化されたと私なりに強く認識しました。それ以降は様々な課題や施策を検討する際も、広告やウェブサイト、各種ツールについて考える際も、ブランド価値の向上につながるかどうかが判断基準になり、考え方や行動にぶれが起きにくくなったと思います。

上野:2003年が変革の転機だったということですね。

宇佐美:いま振り返ると、大きな転換点といえますね。さらに転機だったかなと思うのは、先ほど触れていただきましたが、広報担当として取り組んできたことが受賞という形で評価されたことです。

2006年の「PRアワードグランプリ」(ルーティン活動部門)に応募、プレゼンしたのは、1998年に私が広報に異動してからのことを振り返りながら整理したものです。その間、活動する中で様々な課題を実感するようになっていました。

具体的には、そもそも帝人という企業が知られていない、繊維メーカーのイメージが強く、実像が理解されていないといったことです。こうした課題の整理や、それに対する効果的な施策の体系化などが、この受賞の機にしっかりとなされ、それが今日の活動にも活かされています。

さらに2012年の「企業広報功労・奨励賞」受賞の機会には、改めて広報活動のベースである情報発信力の強化について整理することができました。情報発信力は、情報発信量とメディアリレーションと情報発信戦略が重要であると考え、各要素を伸ばすことを実践し、活動レベルの向上につなげました。もちろん、賞をいただいたことは自身の社内外での活動の拡充にもつながりました。そういう意味でも、これらのタイミングが大きな転機であったなぁと思っています。

経営陣の意思を行動計画に


上野:整理だけでなく、それを実践できるのは素晴らしいことです。情報発信力の強化については、宇佐美さんが以前雑誌のインタビューで「情報発信量×メディアリレーション×情報発信戦略」であるとおっしゃっていたのを読んで、なるほどなと思いました。

宇佐美:まさにこの3軸の掛け算だと思っています。この3辺のいずれを伸ばしても、情報発信力という体積は大きくなるわけです。また、企業広報としての活動のレベルアップには経営との密な連携が必須です。私も、経営会議で情報発信の計画や実績などについて定期的に報告しています。そうすることで、我々広報パーソンとしての価値観や判断基準と、経営陣の戦略や意向との擦り合わせの機会を持つことができています。

広報パーソンは案外些末なことで悩んだり、苦労していたりするものです。例えば、次年度の計画を立てるときに、今年度との差をどうやって見せるのか。おそらく多くの広報担当者が苦労しているのではないかと思います。

私も広報課長の頃までは変化の表現が難しく、それこそ先ほどの3軸を伸ばすという努力目標を掲げることに終始していたように思います。しかし、部長になり、経営会議をはじめとする経営陣との連携が密になることで、経営の意思を反映した戦略や施策の必要性をより実感するようになりました。「点の発信じゃなく、面の発信を」といった、キーワードしか示されないこともありますが、そうした「ヒント」を受け取って、どう活動に落とし込むか必死に考えるわけです。

常に俯瞰の視点を持つ


上野:おっしゃる通り、点と点を線にしたり面にするのが広報戦略のポイントですね。

宇佐美:そうですね。我々も共感して「点の発信から面の発信へ」を情報発信のポイントとして実践しています。

上野:具体的にどのように実践しているのですか。

宇佐美:プレスリリースも取材対応も、そこから出ていく情報は単独のトピックやテーマが絞られていることが多いと思います。しかし、経営戦略や事業活動からするとそれはひとつのピースで、充分な訴求には至りません。経営の立場からは俯瞰した経営戦略や企業の全体像などを伝えたい。

我々広報の役割としては、そういうニーズも踏まえ、ピースとしての情報発信量とともに、それらがつながるようある程度まとまった形でのメディア露出を追求するわけです。そのために情報発信計画は大事ですし、事業とのコミュニケーション、発信促進の仕組み、そして効果測定までPDCAサイクルを回していく。これにより効果的な情報発信につながっていきます。

上野:なるほど。そうやってトップが求めるストーリーを伝えようとしているわけですね。そのあたりが広報の極意なのかもしれません。最後に、新年度で新しく着任した広報パーソンにひとことお願いします。

宇佐美:例えば問い合わせに対応し、それが記事になると簡単に成果につながったような感覚になります。その一方で、一人前の広報パーソンとしてスキルを深めていこうとすると、とてつもない時間と労力がかかります。広報の仕事とは、そういうものだと思います。

何年か経って、実務がある程度できるようになった時に陥りやすいのが、取材対応やリリース発信などの実務に埋没してしまうことです。その先にある目標や果たすべきミッションが何なのかを常に意識してやっていけるかどうか。ミッションの下に一つひとつのピースをどうつないでいくかを考えられる広報パーソンが求められます。

時に自分がやってきたことを整理したり、目標と照らし合わせたり、過不足を確認したり、そうすることで様々な気づきや成長が得られるのではないかと思います。


東京・大阪でそれぞれ年1回ずつ開くメディア懇親会には、鈴木純社長(写真左)以下帝人グループ役員が参加。写真は2016年8月に都内で開催したもの。


東京本社内にあるショールーム「テイジン未来スタジオ」はコーポレートコミュニケーション部が運営する。メディアセミナーの会場として使用することも。