「ステークホルダーからの信頼度」 その総和が企業価値につながる

コマツ 取締役会長 野路國夫氏

経営トップは常に「現場主義」であるべきと主張する、コマツの野路國夫会長。グループで継承してきた価値観をあらわす「コマツウェイ」の推進に携わってきた。対外的な発信はもちろん、理念に基づく社員の行動にもつなげる広報の役割こそ重要と考える。


コマツ 取締役会長
野路國夫(のじ・くにお)氏
1969年入社。建機事業本部技術本部生産管理部長、コマツアメリカのチャタヌガ工場長、情報システム本部長を経て97年取締役。99年執行役員、2000年常務執行役員。2001年常務取締役兼任。2003年専務執行役員。2006年コマツウェイ推進室長に就任。2007年代表取締役社長兼CEO、2013年代表取締役会長。2016年4月から現職。

[聞き手]
社会情報大学院大学 学長 上野 征洋(うえの・ゆきひろ)

日本広報学会副会長、静岡文化芸術大学名誉教授。2012年、事業構想大学院大学副学長を経て現職。内閣府、国土交通省、農林水産省などの委員を歴任。早稲田大学卒、東京大学新聞研究所(現・大学院情報学環・学際情報学府教育部)修了。

常に「GEMBA」を革新する


上野:2021年に創立100周年を迎えるとのことですが、今も大変素晴らしい業績で躍進されています。なかでも海外業績が伸長しています。コマツはかなり早くから海外戦略に重点を置いてこられましたね。

野路:建設業界はいち早く市場が自由化された業界ですから、私が入社した時点で既に海外展開が進んでいました。我々の先輩方は自由化の波にさらされ、海外の競合との戦いに勝ち抜くためにボルト1本まで品質で負けないようにしようと品質第一主義を貫いてきました。自由化やプラザ合意による環境の変化が海外市場で戦える会社を育てていったのでしょう。

上野:中期経営計画を拝見したのですが、「We Innovate GEMBA」という言葉がありました。あえて「現場」という日本語を使っておられますね。

野路:コマツのDNAを伝えるためです。例えば「JUHIN」は「重要品質問題」を指しますが、当社で培ってきた「TQM(Total Quality Management)」、すなわち経営トップを含む全員参加の総合的品質管理の活動まで含めたものを意味します。しかし、これをただ英訳すると「重要な品質問題」という意味だけになってしまう。そうなると総合的品質管理活動にまでつながっていかないわけです。そういうケースがたくさんあるので、いろいろな日本語を英文に混ぜて使っています。

トップに必要な「見抜く力」

上野:イノベーションといえば、約20年前に「KOMTRAX(コムトラックス)」という独自の機械稼働管理システムを、まだIoTという言葉もない時代に開発されています。これは野路会長が当時、情報システム本部長として指揮された時代と聞いています。

野路:盗難防止のために必要では、という意見が出たのがきっかけです。いいアイデアだから、数億円を投資してやってみようと判断したわけです。
どんなシステムでも最初から5年後、10年後のグランドデザインを考えられるものはありません。むしろ先の先までグランドデザインができないと社長が決裁しない、ということの方がよっぽど問題です。日本がなぜIoTやAI、情報システムの分野でここまで苦戦しているのか。現場はアイデアを持っているのに、経営トップが決断しないからですよ。決断が大事だと日本の現役社長の方々に言いたいですね。

上野:その点コマツは非常に闊達な印象を受けます。

野路:現場から意見が上がってこないのは、トップが現場に行かないからです。だから社員と親しくならないし、現場の声が心に響かない。その声を聞いてパッとひらめくことができるかどうか。それは経営者がいかに現場に精通しているかにかかっています。今、大企業で様々な問題が起きていますが、私に言わせればトップに見抜く力がなかった。それはなぜか。現場に行かず、目の届く範囲でしか物事を知らないからです。

上野:まずは行動力が必要だということですね。

野路:技術革新のスピードが遅い時代なら社長はすべてを知らなくてもよかった。ただ、今のように急激に進化している時代は、経営層は現場でいろんな勉強をしなければいけない。そうでなければ経営なんてできませんよ。

GPSの搭載や無人運行システムなど、建設機械に革新をもたらしている。

社員が育つ「野路教育論」

上野:ところで野路さんは福井県で「ふるさと先生」をなさっているそうですね。どうですか、若い人たちと接して。

野路:2014年から福井県内の高校で授業を始めました。今の若い人たちの一番の問題は、金太郎飴のように同じような答えしか出てこないことです。だからインターネットの情報をそのまま信用してしまう。雑誌でも新聞でもインターネットでも、書いてあるのはある一面のことであって全体を表しているわけではないのに。

上野:多面的な物の見方ができないのでしょう。そのような発想を野路会長が具体的な事例で啓発しているのですね。

野路:多面的で多様性のある考え方ができるようになるには経験するしかないんです。2011年には、創立90周年を記念して石川県小松市の工場跡地に「こまつの杜」をオープンしました。子どもたちが集い、理科や自然、ものづくりに興味を持ってもらう施設として年間約6万人が来場しています。定期的に理科教室を開催していますが、子どもたちは一つの解を求めるためにアプローチの仕方が複数あることが体感として分かってきます。参考書に書いてあるとおりに答えを求めるのではなく、時間をかけて自分流の解き方を考える。それが力になります。

上野:経験を重ねると、自然と多面的なものの見方ができあがるというのが「野路教育論」ですね。コマツの若い社員の方々を見ていていかがですか。

野路:当社は自然と「TQM」になるように教育をしています。まず上司が部下にちゃんと指示をして、部下の話を聞いてやります。最初は基本的な考え方です。例えば生産ラインを組み立てるのであれば、「どんなラインにしたいのか。ハイスピードのラインなのか、環境にいいラインなのか、女性でも簡単に組み立てができるラインなのか。他社に視察に行ったのか」と。

上野:現場で実践する方はたまらないですね(笑)。

野路:そんなことはありませんよ。そういう上司と部下との関係で人を育てていく雰囲気をつくることが大事なのです。それがコマツの人材育成です。忠実に実践することで自然と物事を見る力や企画をする考え方が身につくようになります。

1963年から続く「オールコマツ技術競技大会」では、海外現地法人や取引先の社員も交え技術を競う。(写真左から)2008年の表彰式。野路会長(当時社長)を囲んで。2009年の様子。

「コマツウェイ」の共有

上野:2006年にはグループで継承していくべき価値観として、「コマツウェイ」を策定されました。その中には「モノ作り編」と「マネジメント編」がありますが、2011年に改訂されたそうですね。

野路:営業に関わる内容も形にしなければということで、「ブランドマネジメント編」を追加しました。

上野:今の時代にブランドマネジメントがしっかりできる会社はなかなかないと思います。

野路:コマツもまだまだで、事例を積み重ねながら進めているところです。「これからは顧客主義だ」と口で言うのは簡単ですが、実行するのはなかなか難しい。どうしても「売れさえすればいい」という方向にいきがちですから、常に原点に戻り反芻しながら教え続けなければいけない。品質もそうですが、永遠の課題です。

上野:コマツは早くから「品質と信頼性」を掲げておられます。「コマツウェイ」には「企業価値とはステークホルダーからの信頼度の総和である」とあります。

野路:「コマツだけが儲かればいい」となりがちですが、教育を通じて社員一人ひとりが志高く我々が掲げる価値観を理解しなければならないと思っています。

上野::特にアジアやアフリカといった地域は、共に発展して一緒に成長していくことを目指せるかどうかで相互の信頼度が変わってきそうですね。

野路:そうです。最近ウガンダに建設機械を数百台販売したとき、現地の人に言ったのです。「この機械がちゃんと動くまで見届けるから」と。そしてサービス人員のトレーナーを何人も送り込みました。彼らにはメンテナンスするだけでなく、土木施工のやり方も教えるように指示しています。そうすればコマツの建設機械が活きてくる。
プロジェクトについて深く議論していくと若い人からいろいろなアイデアが出ます。そこが大事なポイントです。「あらゆるステークホルダーから信頼されなければいけない」といくら言っても、「では何をすればいいんですか」ということになってしまいますから。

広報で理念に通じる行動を

上野:取引先の人づくりも引き受けるということですね。そうやってコマツのスキルや知識を身につけた人たちがアジアやアフリカで育てば、コマツへの理解は深まります。そうなれば、広報誌を発行するよりも何倍もの効果のある広報活動になりますね。

野路:社長メッセージで一番大事なことは、行動の内容を具体的に言うことです。具体的に言わないと社員はなかなか理解できません。

上野:そして結果的に「行動=広報」になる。

野路:広報はすべてそうです。東日本大震災の発生後に「収益より人命が大事だ」と言った私の言葉が日経新聞の記事になったことがありました。社内に向けてメッセージを発信するよりも、マスコミを通して届ける方が社員にうまく伝わる、心に響くのだなと実感した経験でした。

上野:トップから直接聞いたことと、メディアを通じて入るメッセージの両方が一致したとき「自分ごと」として伝わるのでしょうね。

野路:社員は常にトップの姿を見ているわけです。何をしなければいけないのか、具体的な行動として社長からメッセージを出すことが一番の広報になる。そしてその行動が、自分たちの信念や理念、価値観に自然とつながるような会社であるべきと思っています。

上野:野路会長の本気が幹部の方々に伝わると、幹部はそれを部下に伝えようとする。結果的に社内コミュニケーションが活性化するということですね。品質も信頼も現場から。広報は行動である。経営者が本気になればちゃんと伝わる「野路哲学」、他社の皆さんにも広めたいですね。